ギフテッドの集い

ギフテッドの人達がより良い人生を送るために情報交換をするブログです

好奇心と新しい挑戦

こんにちは、やすくんです。


先日の試合での出来事を引きずり、今朝は畑でもディプレッション気味でした。いつもなら畑で出会う人達に笑顔で挨拶するのに、今朝はどよ~んとした声のトーンでご挨拶・・・。ごめんなさい、皆さん(涙)気分転換にドーナツを買い、散髪に行きました。


夕食を仕事関係の人と一緒に食べたのですが、もしかしたら、この方もギフテッドではないかなぁと思い、ギフテッドの特徴を説明したところ、ほぼすべてに該当。しかも、私よりも強くギフテッドの傾向を示していました。(私はやや2Eですが、この方はおそらく英才タイプだと思います)


この方は本当に色んなことに挑戦されており、各分野で素晴らしい結果を残されています。私も色んなことに挑戦するのが好きな性格なので、話を聞いていてとても楽しいです。この方は様々な武道やアウトドア、ビジネス、政治活動などで活躍され、私のほうは哲学、家庭菜園、スポーツ、投資などに挑戦しています。今度は一緒にアウトドアアクテイビティをしようという話になりました。


好奇心が強く、新しいことにどんどん挑戦していくというのはギフテッドの特徴で、近くにこのことをシェア出来る仲間がいるなんて、本当にラッキーだと思います。こういう仲間をもっと増やし、一緒に色んなことに挑戦出来れば楽しいと思います。


来たれ、ギフテッド仲間!

OE、精神的苦痛、積極的分離、そして、成長

こんにちは、やすくんです。


昨日のスポーツによる筋肉疲労で、今日は朝から身体がくたくたでした。でも、この後は水泳教室に行きます。おまけに、自転車を20分程こいで帰宅します。今日も気持ち良く寝れそうです(笑)


さて、昨日のブログに書いた通り、一緒に試合に出ていたチームメイト達に対してフラストレーションを爆発させました。後で、数人の他のチームメイトから「実は私も同じようなフラストレーションを溜めていた」と告げられました。我慢してたのは私だけじゃなかったんですね。しかし、彼らは感情を爆発させることはありませんでした。つまり、我慢の限界以内だったわけです。それに対し、私は感情を爆発させました。つまり、我慢の限界以上だったようです。


ギフテッドにはOE(過度激動)と呼ばれる特徴があります。(OEとその種類についてはググって下さい)特に、私は昔から感情性OEが強く、喜怒哀楽が非常に激しいです。「笑い過ぎ」とか「怒り過ぎ」とよく言われます。私の中で何が起きているのか説明すると、「感情を引き起こすトリガーとなる出来事が自分の心の中で反響(こだま)し、ごく短時間の内にその出来事が何度も起きたように感じる」ようなイメージです。例えば、誰かに1回怒られたとします。そうすると、怒られたという出来事が私の中で反響し、私は10回怒られたように感じます。1回だとちょっと落ち込むだけで済みますが、10回怒られるとひどく落ち込みます。そういう理屈です。


さて、このOEがもたらす人並み以上の精神的苦痛がギフテッドの人を人並み以上に成長させるというのが「積極的分離説」という仮説らしいです。人は精神的苦痛を基に内省を行い、成長する。ギフテッドの人は他の人よりもこの内省の頻度・度合いが高いので、他の人よりも早く、高いレベルに成長するとのことです。


この仮説には確かに説得力があります。例えば、車を運転していて、誤って危険な運転をしてしまった時、私はとりあえず自分をおもいっきりビンタします(笑)これはマジです。例え事故を起こしてなくてもです。ひどい日には三回くらいビンタしますね(涙)そして、youtubeで安全運転の動画を観ます。そして、コンピュータゲームで反射神経や判断力を鍛えます。こういう風に内省することで、運転技術のレベルをより高いレベルにしたいと努力しています。


OEがもたらす精神的苦痛自体はとても辛いです。でも、それが自分の成長に繋がってるのは間違いないです。スポーツの試合で勝つための、日々の筋トレみたいなものですね。

完璧主義?

こんにちは、やすくんです。


今日は所属するスポーツチームの試合に行ってきました。が、試合の途中でチームメイト達に溜まりに溜まったフラストレーションをぶつけてしまいました。昔から、言いたいことを我慢するくせがあり、我慢の限界に達した時に、大爆発するのですが、今日もやっちゃいました・・・。


爆発する度に、「他人に求め過ぎているのかな?」と考えさせられます。自分がギフテッドと気付いてから、他人に求め過ぎるのはやめようと意識し始めたのですが、完全に自分を抑えるのは困難ですね。


ギフテッドの特徴に「完璧主義」というのがありますが、自分のことを完璧主義だとはあんまり思いません。実際、今までに何もそんなスゴイことを成し遂げた訳ではないです。ただ、自分に求めるレベルを他人に求めると、大半の人にとっては求め過ぎのレベルであることが昔から多いです。何でもだいたい平均よりやや上の結果を出してきたので、平均の人にとっては求め過ぎになってしまうんでしょうね。


自分が頑張ったことで喜びを得ることもありますが、自分が頑張ったことで辛い気持ちになることもあります。人生は悩ましいものですね。